ウィードの森って?
蒲生野ケ原は、日本の近代農業教育と農牧業の発祥の地と言われています。
明治初期、槇村正直京都府知事や山本覚馬の殖産興業施策に基づき、アメリカから招かれたジェームス・オースチン・ウィード先生によって、京都府農牧学校と蒲生野牧畜場が開かれました。
京都府農牧学校は、近代日本の黎明期に開かれた札幌農学校、東京駒場農学校とともに並び称される近代農業教育の発祥であり、その地を受け継いでいるのが京都府立須知高等学校の学校林です。
私たちはこの地を拓いたウィード先生を顕彰し須知高校の学校林を「ウィードの森」と名付け、須知高校との連携・協力のもと、整備するとともに広く公開をすすめています。
「ウィードの森」の歩み
明治9年9月 | アメリカから招かれたジェームス・オースチン・ウィード先生により蒲生野牧畜場開設 |
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明治9年11月 | ウィード先生により京都府農牧学校開校 |
明治12年5月 | ウィード先生の雇用契約終了に伴い京都府農牧学校閉校 |